雑記:「他人と共生」を意識して人間関係をつくる

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■運が良くなる生き方をしたいモノだ

「運を良くする」って話、私は好き。なんか努力量と関係なく、良い事が転がり込んで来そうなノリじゃない!?(笑) それが癖や日頃の態度、思考気質によって得られるなら結構な話じゃないですか。

私の人生の目標は”楽しく生きる”。それにも結構寄与するかなぁと思ったり。なので恒久的に研究を続けています。情報収集や実践ね。

そして今回はちょっとおもしろい事を知ったのでご紹介。

■運アップ < 目的達成確率の向上方法?!

◆【10分で解説】科学がつきとめた運のいい人【中野信子】


・運は公平に振っている
・運がいい=考え方がある
・運を掴むには
・試行回数を増やす
・チャンスに気づける
・チャンスに飛びつける
・自分を大事にする
・自分をいいヤツだと考える
・良い人間関係=運が上がる
・運がいいと考える=改善に向かう
・他人と共生を目指す
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まぁ「試行回数を増やす」とか「運が良いと考える」はよく聞く話ですよね。でも女性を口説く数を増やせば彼女が出来る可能性は上がるわけで、”運と関係あるかなぁ”と思ったり。

運が良いと考えるのも、だから後は自分で出来る事を詰めておくってだけで、「自分の詰められない所は運でカバー可能」と割り切れるか、みたいな話。確かにチャンスが到来したら成功し易い。運がいいというより、掴みやすくしといた的。

つまり思った事。当たり前じゃん。本物の”運”の向上とは、それほど関係ないじゃん。これが私の感想。

■他人と共生を目指すと運がアップ

でも一つ面白いのが「他人と共生を目指す」の部分ですね。なるべく他人をサポートし、さするとその努力から”運が良くなる”というのです。この考えは初めて聞きました。

論理はこの動画で語られていません。「そうにきまってんじゃん」みたいな道徳的ゴリ押しでお茶を濁しています。でも私はそうだと思った。周囲に同じ様な人が集まれば、自分の努力で詰められない領域を詰めてもらえる可能性があるのです。周囲の人にね。

ただこれも「類友の法則」を信じるという別の要素が含まれてきます。「俺だけ得をする行動をしても周囲に集まる人なんて同じだ」論者にはこれは理解出来ないでしょう。

私は類友はあると思う。だから納得しましたね。

で、このブログはサルサがテーマです。そこにある「他人と共生」の具体例を書いてみましょう。

・なるべく多くと踊る

男性は誘いやすい相手、女性はイケてると自分が思える相手以外とはやもすると敬遠する傾向にあります。でもそれだと”運が良く”なりません。共生する人数が少なくなるからです。

男性ならなるべく多くの人を誘う努力。女性なら一見イケてなくても誘われたら愛想良く踊る演技をする。それが”運が良く”なります。楽しいサルサ遊び時間が増える可能性が示唆されます(笑)

・なるべく競合と交流

レッスンやイベントを仕掛けると必ず競合が出てきます。昔のとある先生は「ウチ出身の人以外と踊ると下手になるので踊らない事」なんて推奨していました。

でももし運を良くしようとするのなら「ウチ出身以外の人と多く交流しなさい。そして友達になる事」とでも言うべきでした。あるいは他生徒を引っ張ってきてくれたかも?!(この先生は程なくクラスを辞めました。理由は知らんが)

・なるべく別スタイルを許容

「On2じゃない人となんて踊りたくない」 これは10年以上前のOn2女性が言っていたセリフ、、、仕方ない側面もあるんですよ。酷いセクハラオヤジが横行してて、そんな輩はOn1しか踊らなかったので。(On2は男性難しすぎて、セクハラしたい程度のモチベでは習得出来ない)

他にもキューバンがサルサの正統であり、それ以外はラテンじゃ無いという人も居ました。そもそもラテンの意味知ってる?!(^。^;)(アーバン・キゾンバ?!は邪道だと憤慨している人も居た。。。踊らない私にはあまりにもどーでもいい話(^。^;))

でももしここでも類友の法則を信じてもらえるならです。自分が交流すると楽しい人になれる自信があるのなら、他人と交流する≒楽しくなれるはずですよね。

そしてそれが周囲のサポートを形作る/良い情報を入手出来るとしたら。たしかに目標達成に近づく事が出来る。”運が良く”なれるのです。

■相手の利する事をやってあげよう

これから人と対時する場合、なるべく「共生」を意識するのが良いかも知れません。相手の利する事をやってあげようと思う。と、自分の運が良くなる。たしかにそうかも知れません。

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